お口の治療をしているときに色々な光景に遭遇するものです・・・

その一つをご紹介してみることにいたします。

衛生士が治療のアシストしている時・・・歯を削るときなど水が一緒に出るのは皆さんご存知ですよね・・・

それを吸い取ります・・・削られたカスをシャワーをかけて洗い流す・・・またそれを吸い取ります・・・削る・・・吸い取る・・・水をかける・・・吸い取る・・・この繰り返しを見ていると“水掛け論”という言葉が頭に浮かぶのです。

「水掛け論」のお話とは・・・

舅(しゅうと)と婿(むこ)の話・・・日照りのときに隣の婿の田には水があり、自分の田に水がないのを見回りにきて舅が気付きました・・・そこで婿に相談しないで勝手に自分の田に水を引き込んでしまいました・・・その後、今度は婿が見回りに来て、再び元の状態へ戻しました・・・とうとう舅と婿は

口論、そしてついには水の掛け合いとなりました・・・

舅と婿にはそれぞれに自分が正しいという理由(言い分)がある・・・どちらも同じ理由を繰り返し、繰り返し主張し争いは果てしなく続き終わりません・・・世の中ではよくある事ですね・・・誰でも一度や

二度この状況に落ち込んだ経験があるとおもいます・・・これこそ「水掛け論」ですね・・・

この光景でもう一つ頭に浮かぶ言葉があるんです・・・お口の中に水が溜まるとどんどん吸い取ってしまいますよね・・・自分の田だけにお水を持ってくるような、そんな感じがなんだか「我田引水」しているように思います・・・

しかし いつの時代でも私達が生きていくのに水は、本当に大切なものですよね。・・・

そう言えば、聖書でもとても大切な聖書の言葉そのものを なんと「水」に例えているのですよ。

「・・・だれでも渇いている者は来なさい。だれでも望む者は命の水(聖書の言葉)を価なくして受けなさい。・・・・」

(聖書 啓示22:17)

聖書は、それを読んだ人に「真の命」つまり「永遠の命」を与える事ができる という点で「命の水」と呼ばれているのです。

 

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治療革命 ! ついに実現、夢の無痛治療 !
 コメット歯科クリニック 副院長 金光 千寿子・○・o。o・。o○・○o。o・。o○・○o